2025年10月11日
【10/11 ON AIR】 アニメ版グノーシア放送 !
こんばんは。リーダーのめづかれです。
約4年をかけて制作したアニメが、いよいよ本日放送されます。
私もプロデューサーとして全力で取り組む中、アニプレックスのプロデューサーである木村さんと何度「腹をくくる」と言葉を交わしたことか。
これまでグノーシアを応援いただいたファンの方々への感謝と、初めて本作に触れる方々の期待を越えられるよう、アニメでお返ししたいと思います。
利害を超えたベストを目指し、本作に関わる全ての方々の想いと熱意で作られたアニメをぜひ触れてください。
そして
この物語をどうか最後まで見届けて欲しいと思います。
皆さんと新たなグノーシア宇宙が生まれることを願って。
それでは、よい旅を。
posted by プチデポット at 22:03| Comment(20)
| メゾン・ド・魔王
いよいよですね。
新しい宇宙、最後まで見届けますよ。
お楽しみいただけたら嬉しいです!
残念ながら、まだ韓国では配信されていませんが、もうすぐ公開される予定とのことで、とても楽しみにしています!(〃ω〃)
一日でも早く、この美しい作品が海を越えて、私の心に届いてくれることを願っています。
アニメを通して、プチデポットの皆様、そしてアニプレックスの皆様のご尽力と想いを間接的に感じられることは、本当に光栄なことです。
この素晴らしい作品を、より多くの方に紹介できることが嬉しく、また、可愛いキャラクターグッズが増えていくのもとても嬉しいです( ´ ▽ ` )
ゲームのファンのために4年間ものあいだ、アニプレックスのチームと心を込めてアニメを制作してくださり、本当にありがとうございます。
そして、いつもファンの心を温かくしてくださることに、心より感謝申し上げます。
どうか、これからも穏やかで素敵な日々を過ごされますように!
treeさんやファンの皆さんに応援してもらえて、私たちも穏やかで素敵な日々を過ごすことができています。いつもありがとうございます。
韓国でもアニメの放送が始まったら、ぜひお楽しみください。心より願っています。
それぞれの宇宙と仰りながら、どうして「原作を喰う」という言葉をポジティブに捉え、発信されたのでしょうか?どうして待ち続けた乗員達の誕生日をアニメ側からアニメのイラストと共に発表したのでしょうか?どうして汎性の解説は当初あのような形で世に出たのでしょうか?監修されているとのことですが、ゲームと異なる設定やキャラクターの描写がアニメで多数使用され、そうしたイメージが広がっていくのを何のために許容されたのでしょうか?それぞれの「ゲームで体験した宇宙」を公式からことごとく大切にされず、むしろアニメとの混同を進めていく動きばかりが目立つ中でも、プレイヤーが努力すれば問題無いとお考えなのでしょうか?どうして設定資料集は発行されないのでしょうか?大切なものを何もかも壊されていくような気持ちでいます。応援によって何か作品に貢献できたなどと思い上がってはいませんが、あるとするならば設定資料集で返していただきたかったです。
グノーシアアニメ化おめでとうございます!
まさかお気に入りのゲームがアニメ化することがあろうとは信じられない思いで、放送が始まった今も夢ではないかと疑っています(笑)。
ここまで大変なご苦労があったかと思います。
実際に生き生きと動く乗員たちと見知った船内が立体的に再現されているのを見ると思いが溢れ……ついこちらまで辿ってきてしまいました。
ユーリたちの宇宙がどこに続いているのか、原作を全性別イベント味わい尽くしたつもりでも予測のつかない展開の連続に毎週ドキドキしています。
記憶をなくしてまたプレイしたいという表現がありますが、まさにそれを体験しているような気持ちです。ありがとうございます。
どのような結果に辿り着こうともひとつの宇宙の結末と始まりとして、大切に見届けさせていただきます。
ご多忙な時期にあるかと思いますが、どうぞ皆さまお身体を大事に過ごされてください。
汎の解説が変更された際に監修の旨を表明されていたとはいえ、川勝さんが監修されていない部分かもしれないと思ってはいますが、誤植やステータスグラフ等のミスが非常に多くて悲しいです。
名作は名作のままで終わってアニメ化よりその年月で設定資料集やファミ通の様なことりさんの絵のグッズ展開が良かったです。
グッズ展開も拘りが感じられなくて残念でした。
誤字なども多く、カプリングの匂わせなどもはや別の宇宙だから〜で済ませられる次元を超えているかと思います
しかし、アニメのタイトルは「グノーシア」そのまま。アニメ主人公の名前は自分も(おそらく他の人も)使っていた「ユーリ」。公式アカウントはアニメとゲームで一緒。誕生日はアニメ主人公と一緒に発表。大好きなことりさんの誕生日祝いイラストがアニメ主人公を先頭にアニメの公式サイトに載っていく。
どんどん自分の宇宙がアニメに侵食されているような、取り上げられているような気持ちになることばかりです。
アニメはアニメで好きになれたらまだマシだったかもしれませんが、ラキオが性別を理由に人を否定したり、シピが人の事情を勝手に第三者にバラしたり、コメットがシピの夢を変だと言ったり(セリフや所作の随所に、アニメ主人公の印象を上げる為に一度他の乗員の印象を下げたのではないかと感じる演出が何度も出てきてげんなりします)、アニメ化に対するネガティヴな感情をぬきにしても「それは駄目だろ」と思うことばかりで、とても好きになれるものではありませんでした。
答えられるはずないとわかっているのですが、アニメ本編外の動きにはどこまでプチデポットさんの監修が入っているのか知りたいです。
「ゆるっとグノーシア」の、シピを「猫じゃないくせに猫になろうとしてる人間」として笑うようなギャグ漫画にOKを出されたのでしょうか?ジナやセツがゲームとは完全に別人なのは「それぞれの宇宙」と納得することはできても、シピの回の残酷さを納得することはできませんでした。
ファンの間でも悲しんでいる人の多い父の日の「パパ」呼びはどう思われていますか?プチデポットさんもあれを「おもしろい」と思ったのでしょうか?これも「それぞれの宇宙」とかいうレベルの話ではないく、冗談として笑っていい範疇を超えていると思いました。原作のように本編で真面目に描かれるのと、「アニメの宣伝になればなんでもいい」とでもいうように使られるのは、全く違うことだと思います。
乗員達の言動が解釈違いばかりなことも、誤植や使い回しだらけのグッズや記事も、「わかりやすさ」の為に追加されたわかりにくい演出も、人気声優にキャラソンを歌わせたり人気キャラのドラマCDを出したりするのも、必要以上に女性陣が性的に描写されているように感じるのも、なるべく「自分の宇宙とは別」で飲み込みたいと思っています。でも、差別的な笑いや暴力を揶揄するような宣伝の仕方は、グノーシアが大好きだからこそ、許容したくないです。
もう、何か動きがあるたびに「大好きだったからこそ辛い」と心が折れてしまうファンが増えているように見受けられます。そういう吐露すら「“あなただけの宇宙”なんだからアニメの宇宙も否定するな!」と否定される始末です。
何を言ったところで何かが変わるとは思っていません。変えてくださいとも言えません。
ただ、先日「批判を聞きたい」とおっしゃっている記事を読んだので、こうして気持ちを書かせていただきました。
グノーシアのゲームならではの感動がアニメ化によって消えてしまったように感じるプレイヤーにとって、アニメとゲームの差別化がまったくされない現状が酷く辛いということと、グノーシアの宇宙の寛容さを愛していたファンの中には、アニメの内容と宣伝の仕方に深く傷ついた人間もいるということだけは、知っていてほしいです。
みんな大好きです。
だから、アニメも好きです。
最後まで見て、大好きになると思います。
これからも応援しています。
セツと道を歩ませてくれてありがとう。
しげみちを産んでくれてありがとう。
丁寧に書き分けられたそれぞれのことばで話す乗員達が好きでした。
それぞれの価値観を持つ乗員達がみな生き生きと描かれるグノーシアが好きでした。
過度に説明的ではない洗練されたテキストで作られる美しい余白が好きでした。
アニメでは、わかりやすく誇張された只のキャラクター達が、それっぽいだけの薄いことばで、偏狭な価値観を押し付け合っていました。
美しかった余白は、失礼なジェスチャーと、「さあ性的消費してください」と言わんばかりの体の揺れと、下品で差別的な笑いで塗りつぶされてしまいました。
どうしてこれを「グノーシア」として世に出すことを許可されたのでしょうか。
いろいろな疎外感に悩んでいた10代の頃、初めてグノーシアをプレイしました。
「自分は猫だ」と言い切れるシピに憧れました。「自分は人間だ」と普段は言えないオトメに共感しました。「肉体的特徴なんてどうでもいい」と堂々としているラキオに勇気をもらいました。プレイヤーがただ「いる」だけでいいと言ってくれたセツに心を救われました。
こんな風に後から取り上げるつもりだったのなら、最初から「あなただけの宇宙」だなんて言わないでほしかったです。
それぞれの価値観を持つ乗員達がみな生き生きと描かれるグノーシアが好きでした。
過度に説明的ではない洗練されたテキストで作られる美しい余白が好きでした。
アニメでは、わかりやすく誇張された只のキャラクター達が、偏狭な価値観を押し付け合っていました。
美しかった余白は、失礼なジェスチャーと、「さあ性的消費してください」と言わんばかりの体の揺れと、下品で差別的な笑いで塗りつぶされてしまいました。
いろいろな疎外感に悩んでいた10代の頃、初めてグノーシアをプレイしました。
「自分は猫だ」と言い切れるシピに憧れました。「自分は人間だ」と普段は言えないオトメに共感しました。「肉体的特徴なんてどうでもいい」と堂々としているラキオに勇気をもらいました。プレイヤーがただ「いる」だけでいいと言ってくれたセツに救われました。
こんな風に後から取り上げるつもりだったなら、最初から「あなただけの宇宙」だなんて言わないでほしかったです。
ラキオは原作では常に無表情だと思います。アニメだとなぜが歯が剥き出し、煽り顔なのはなぜですか?
またこんな扱いをしておいて人気キャラだからと円盤の特典にする商売根性にも嫌気がさします。特典は他のキャラにしてください。
ゲームはプレイ済みなのでこれから良い描写があるのは分かりますが原作ファンはその頃にはアニメの視聴を切っていると思います。アニメからの新規も大切ですが、ゲームからのファンも大切にしてほしかったです。アニメに制作者様が関わっているのが残念に思います。
毎週土のアニメを楽しんでます
ただ作品の雰囲気を表現するだけかと思ったら
乗員のセリフ選びから香り立つ
ゲームで聞けない背景物語に言及する新情報
アニメのためのユーリ君の自我だからこそゲームにない反応をする乗員
やり込んだこの身でも新鮮に大河のような情報量で楽しめる配慮に感動でマルハゲドン!
21話そしてアニメ展開終結してもゲーム版遊び直す事で
TGSでのお言葉通り何度も楽しめる!そのとおりだと
現時点で既にゾンビ団地妻映画くらい傑作だと!
これからユーリ君達が描く線と線が青空青い海でどんな☆を完成させたのか
今後ユーリが何を知るのか
残り僅かな25年も2g6年も楽しみです
また、これよってネット上では遺体が誕生日のお祝いのような扱いをされたり嘲笑の対象にされていますが、このような扱いが生じる可能性について制作時はどのように想定されていたのでしょうか。実際に乗員の遺体が嘲笑されているこの状況をどのように受け止めておられますか。遺体を見て笑い喜ぶという反応が常識的な感性だとお考えでしょうか?
このアニメがどのような最後を迎えようと、この遺体描写は公式がおこなった表現として半永久的に残り続け、二度と無かったことにはなりません。この現状にも関わらず、先日公式アカウントにて当該シーンが取り上げられていた件については言葉を無くしました。
どこまで監修されてるのかわかりませんが、長年作品を応援してきた一人のファンとして、キャラクターの尊厳が守られていない現状に疑問と強い悲しみを感じたためコメントいたしました。